4月の寓意 オウィディウス「祭暦」
ピーテル・パウル・ルーベンス ヴィーナスの饗宴 のウェネラリア祭
(The Feast of Venus Verticordia 1630)
こちらはルーベンス。ピロストラトス3世(フィロストラトス3世)のイマギネスの一遍にあるヴィーナス像を造ったニンフとクピドたちが林檎から愛を生み出す場面は、オウィディウスの「祭暦」のウェヌス・ウェルティコルディアを祀る場面を描いています。
大フィロストラストとも表記される古代の詩人ですが、イマギネス(1:6)によればウェヌスの神殿にある果樹園で、ルーベンスではクピド(天使)ですが、プットー(小童)が林檎をおもちゃにしながら愛の儀式をおこなっているんです。
画像をクリックすると処女ではない人妻をウェヌスに見立て、娼婦を象徴する鏡、処女の再生を願う花嫁を象徴するお人形がみられます。
祭暦によるとウェヌス像を花嫁と人妻が洗い清められます。
不貞の浄化を求めにきた女性たちはミルトスの冠を被り沐浴をするのが倣いです。
ウェヌス像を洗い清めお香を焚く。ルーベンスが描いたのはウェヌスへの供儀の場面。
このウェネラリア祭りの正式な祀りの描写はありませんが、洗い清める女性、香を焚く女性、そして娼婦や花嫁を象徴する人々は、ロセッティの作品よりウェヌス・ウェルティコルディアの由来をふまえた作品のようです。
ウェヌスの添え名 ウェヌス・ウィクトリクス(ウェヌスの勝利)
フランチェスコ・デル・コッサ
全体像はクリックで。
ボッティチェリがメディチ家ならフランチェスコ・デル・コッサ(Francesco del Cossa)は、エステ家が支配するフェラーラの画家。
このフレスコ画はスキファノイア宮殿の壁画のひとつ「4月の寓意 ヴィーナスの勝利」です。
これはオウィディウスの「祭暦」にはなく、ホメーロスの「イーリアス」にあるパリスの審判で、ヘスペリデスの林檎(黄金の林檎)を勝ち取ったウェヌス・ウィクトリクス(ウェヌスの勝利)の凱旋と三美神が描かれています。
三美神の下に集まる古楽器をももつ男女は性欲を表す象徴。左手には男女の語り合う姿。跪いている恋人たち。もしかするとフェラーラ公の人々でしょうか?
そして中央のヴィーナスの凱旋という3つの場面です。
ウェヌスの勝利と林檎をもつ三美神
フランチェスコ・デル・コッサ(1430ー1477)とフェラーラのエステ家の画家ジローラモ・ダ・カルピ(1501 - 1556)の中間に生まれているのがフィレンツェ、メディチ家のサンドロ・ボッティチェリ(1445-1510)です。
ほぼコッサとボッテチェリは同じ世代で、コッサの晩年にはボッティチェリの名声が届いていたかもしれませんね。
ここに描かれたコッサの三美神はラファエロの「三美神(三人の美の女神)」(1501年)の模倣になったものなのでしょうか。
オウィディウス「祭暦」のウェネラリア祭
ウェヌス・ウェルティコルディア
ボッティチェリが晩年を迎えた頃、ラファエロは同じフィレンツェにやってきます。近い距離の二人ですね。
ウェネラリア祭は、ヴィーナス像を洗い清め、香をたき、花を飾り、捧げものをします。娼婦や不貞の女性、巫女たちが浄化するために祀られたようです。サルスベリの花輪を戴冠し、沐浴して浄化されるのです。
ところがこのお祭りには遊女をはじめ、男女の放蕩な情熱の祭りでもあったようです。ウェヌスの献水は、ウェヌスの初夜に飲まれたという水薬のことらしいです。芥子の花といっしょにミルクと蜂蜜からつくられたよう。
ウェヌスの初夜って、ヴィーナスことアプロディーテーは何度となく処女に戻る女神。それに結婚相手や子供を生んだ相手はたくさんいますから・・・。もしかするとこの水薬って処女になる神のお酒のことなんでしょうか?
「明日は恋せよ
恋を知らぬものも 知るものも
明日も恋せよ」
(ウェヌス宵祭の歌から)
前回の記事に書いた女神フォルトゥナ・ウィリリス(勇敢な幸運)は、ウェヌス・ウェルティコルディア(Venus Verticordia, 心を変えるウェヌス)を讃えてのウェネラリア祭に、いっしょに祀られます。
香を焚くのはこのフォルトゥナのためだともいわれています。
ところがこのウェヌス・ウェルティコルディアは、ウェヌス・ウィクトリクスのように絵画作品にされているものが少ないのです。
オウィディウスの「祭暦」にあるウェネラリア祭には3人のウェスタの巫女たちの不貞の償いをするためのものでもあるらしく、神助を求めるための女性たちの日だということです。
不貞の浄化ということでしょうか。
オウィディウス「祭暦」のウェネラリア祭 ウェスタの巫女
ウェスタの巫女は、竃の神ウェスタに仕える巫女のことですね。巫女は処女でなければなりません。もしも処女でなければ生き埋めによる死罪となるのです。
この巫女で名高いのはレア・シルウィア、トゥッキア(Tuccia)、タルペイア(Tarpeius)で、それぞれ純潔を損なったとされ、潔白を証明するなどの伝説などがあります。
このウェネラリア祭りのウェヌスに花飾りを用い、とくにミルトス(銀梅花)の冠を被り沐浴で身を清めます。
このウェヌスはヴィーナスと同一ですが、アプロディーテーと同一視されて本来のウェヌスの神話が残っていません。
とくにウェヌス・ゲネトリクス(Venus Genetrix)と名の添えているウェヌス像がアプロディーテーといっしょのようです。
ウェヌスには添え名が多くあり、それぞれの祭事も違います。
このオウィディウスの「祭暦」の4月のウェヌスは、ウェヌス・ウェルティコルディア(Venus Verticordia)になります。
ちなみに「祭暦」によると4月28日は女神フローラの祝祭フロラリア、5月2日には、ヒュアスの死と姉妹の哀悼、フロラリア祭、フロラとゼピュロスの結婚の祭事に続くようです。
ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ 人の心を変えるヴィーナス
(心変わりを誘うヴィーナス)
19世紀のラファエル前派、ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティはオウィディウスの「祭暦」の不貞に対して神助を求めるための女性たちのウェヌス・ウェルティコルディア(心を変えるウェヌス)を、「人の心を変えてしまうファム・ファタルなウェヌス」としてしまったんですね。
ロセッティのソネット
その女が差し出す林檎を前に
わずかに心に残る迷いに
引き返すことができるだろうか。
女は思いを一心に凝らし、
まだ恥らっているごとく
男の魂の奥深く注ぐその瞳。
女が呪文を囁く。
「甘美に身を委ねる人よ
その林檎を唇に押しあてて
つかの間の甘さに酔えば
たちまち矢が心を貫く
それは永遠にさまよい続ける運命となれ」
ロセッティはタイトルをオウィディウスの「祭暦」のウェネラリア祭りのウェヌスから用いて、「悪徳に誘惑される若者の寓話」のヴィーナス像を描いているようです。
ロセッティの添えた言葉から、アダムとイヴを想像させます。「それは永遠にさまよい続ける運命となる」と結んでいますが、描いているパリスの審判で得た黄金の林檎は禁断の木の実で、その木の実を口にして、楽園追放となった運命をさしているのでしょうか。
そのウェヌスが神花のミルトスの代わりに黄金の蝶のティアラをつけています。蝶は「ヴァニタス(儚さ)」を寓意したもので、引き返すことができなかった男たちの魂を象徴しているようです。
(魔性のヴィーナス)
もう一枚のロセッティの「ウェヌス・ウェルティコルディア」は恋人の一人ファニー・コーンフォースをモデルにしたドローイング。色付きはポスターから。左がオリジナルです。
背後に銘文?かなにか書いてます。
こちらもパリスの審判によってヴィーナスに贈られた黄金の林檎を持っていますが、蝶は描かれていません。パリスの審判の林檎を持たせたのなら、なぜ「ウェヌス・ウィクトリクス(勝利のウェヌス)」としなかったのかな?
パリスの審判の文脈ではこの勝利のウェヌスがでてくるからです。
ロセッティのウェヌス・ウェルティコルディアの背後はやはりウェヌスを象徴する薔薇。
ウェヌス・ウェルティコルディアは決してファム・ファタルの代名詞ではありません。
ロセッティはウェヌスの神話をすべて同一視して描いたようです。いくつかの添え名のウェヌスをロセッティの物語に変えて。
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