今日もがんばった
「あぁ~つかれた」という言葉のかわりに「今日もがんばった」と言うほうがいいと教えてもらったことがあります。
どうして「あぁ~つかれた」と口にしてしまうのでしょう。
そして「がんばる」、「努力」という言葉が嫌いな私なのですが、「今日もがんばった」という言葉だけは素直に受け入れています。
先週の木曜日だったでしょうか。母のところ(お寺)におまいりに行ってきたときのこと。納骨堂なのですが、いつも一人ぼっち。
そのとき、心が落ち着かない日だったせいか、母のところにいくまでのいくつかの仏さまに手を合わせつつも上の空。
母に手をあわせ、納骨堂のなかの大きな仏さまに手をあわせていると、カタカタと音が・・・。母のところではなく、他人さまのほうからカタカタと音・・・。たぶんあの音に違いありません。
震えるわたし・・・。
一目散に母のところにもどり蝋燭を消し、納骨堂の扉をパタンと閉めた瞬間、誰もいないはずの納骨堂から「ち~ん」と音・・・。
畏れを抱いたのは、私が上の空だったために、ご先祖さまに合掌したものの「ちーん」するのを忘れていたのです。
この恐怖。
扉をあけ、「ごめんさない」と大きな声で一人ぼっちの納骨堂にはいり、「ちーん」してきました。
それから震えながらも冷静に扉をしめ、再度一目散に帰宅。
そして今日、今日こそ何事もなくと願いつつ、納骨堂の仏さまに一番に合掌したとたん電気が消えました。
それでも母のところでお水とお供物、蝋燭をつけお線香をあげ、「ちーん」を忘れずに、そして涙ながらの合掌。その時間5分くらいでしょうか。
当然、今日も一目散にお寺を後に。
「今日もがんばった」
こんなところで口にでてしまった一言でした。何を諌められているのかな、私・・・。
mari ちゃん コメントありがと!
気が付かせてくれて・・・。①まず手を合わせる。(挨拶と帰依の心をもって)
②供物を献ずる。焼香・線香も「香を献ずる」ということ。
③鐘を打つ。
④手を合わせる。
とありました。そうですよね、挨拶と帰依の心をもって
実はお願いごとしてたのです・・・。それって仏さまにしてはいけないことだったのですね。安らかにといま、仏壇に手を合わせました。
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コメント
こんにちは。
とってもすごい体験されたんですね。お寺や納骨堂での不思議体験はよく聞きますが、一度戻ってチンしたのがすごい。そして1週間たたずにまた行かれたのですね。
そして電気が消えてしまった。
なにか、身辺に特別な出来事が起こるのかな。「いいこと」かもしれませんよ。
yahooの知恵袋に
①まず手を合わせる。(挨拶と帰依の心をもって)
②供物を献ずる。焼香・線香も「香を献ずる」ということ。
③鐘を打つ。
④手を合わせる。
とありました。
投稿: mari | 2010年6月23日 (水) 18時19分
mariちゃん、ありがとう。
ようやく気が付きました。JUGEMのほうでも記事にしたのですが、そこに>お願い事していませんか?というコメントを仏の心さんからいただいていました。
仏さまには安らかに深い眠りについてもらい、起こしてはいけなかったのですね。
私、この一ヶ月ほどちょっとお願い事があって、母のお参りのたびにお願いしてたんですぅ・・・。
どうしよう・・・。
これからは「どうぞ安らかに」と声をかけてきます。
投稿: kafka | 2010年6月23日 (水) 20時05分